チャレンジャー号爆発事故の真実!打ち上げを止めるように訴えた男は誰?技術者の1人だった!【ワールドミステリー】

7月15日(水)のワールド極限ミステリーで

スペースシャトル・チャレンジャー事故の真実について放送されます。

チャレンジャー号爆発事故は、

アメリカのスペースシャトル事故の中でもとても有名で、

打ち上げから73秒後に爆発し、乗組員全員がなくなられたとても悲しい事故でした。

この爆発事故の真実の一つに、

最後までNASAの上層部に対して、打ち上げの中止を訴えていた1人の男性がいるとのこと!

どんな方だったのか、また、なぜ最後まで反対していたのか、

反対していたのになぜチャレンジャー号は悲劇の打ち上げを行ってしまったのか、

気になったので調べてみました!

スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故の概要

1986年1月28日のフロリダで打ち上げを決行したスペースシャトル・チャレンジャー号は、

発射直後の73秒後に空中分解し、乗組員7人全員が亡くなった事故です。

技術面での原因は、低温環境下でOリング(接続部分を密閉するゴム製のリング)のゴムが固くなり、密閉する力が弱くなったため、固体燃料補助ロケットの接続部分を適切に密閉することができず、燃焼ガスが接続部分から外部に吹き出して、空中分解・爆発となりました。

また、このチャレンジャー号のクルーには、

日系人のエリソン・オニヅカや、初の民間人宇宙飛行士で高校教諭のクリスタ・マコーリフ・2人目のアフリカ系アメリカ人宇宙飛行士ロナルド・マクネイアらが搭乗していたため、

打ち上げ当日は大きな注目を集めていた。

それゆえに、この事故は多くの人々の記憶に残るロケット事故となり、その後のスペースシャトル計画に大きな影響を与えました。

打ち上げを最後まで反対した男は、技術者のアラン・マクドナルド!

最後までNASAの打ち上げ中止を訴えていた人物は、

モートン・サイオコ-ル(MT社)の固体燃料補助ロケット・プロジェクトのディレクターを務めていた、アラン・マクドナルドでした。

アラン・マクドナルドを含めたMT社の技術者達は、

低温ではロケットの接ぎ目を防ぐため重要な役をするOリングが十分に機能を果たさないおそれがあることを、NASAへ指摘し、最後まで打ち上げのを反対していました。

しかし、反対するだけの確固たる証拠がない、とのことで、

NASAの上層部は打ち上げを強行してしまいました。

チャレンジャー号の爆発事故の諮問委員会では、

初めはNASAの上層部が事実を隠蔽しようとしていましたが、

アレンがその委員会の中で、NASAが事情をすべてを話してはいないことを伝えました。

このことを聞いた、委員会のウィリアム・ロジャースは、

4日後に行われる非公開の委員会でMT社の他の技師を証人として同行して出席してほしいと要請しました。

アレンはそこで、自分だけでなくMT社の他の技術者も打ち上げに反対したのに、

上層部の人たちの権力で押しつぶされてしまったことを暴露しました。

この証言が終わった後、アレン・マクドナルドは突っ伏して泣いていたそうです。

また、委員会に同行したロジャー・ボイスジョイ技師も、

打ち上げ前夜の電話会議では激しい議論があったことを証言しました。

ロジャー・ボイスジョイ技師も、アレン・マクドナルド同様その場で泣き出してしまったそうです。

MT社の技師達は、自分たちが関わっていた部品の一つに不安があったことを知っていたのにも関わらず、上層部に意見が通ることが出来なかったので、打ち上げが強行されてしまったんですね。

アレン達が処罰を恐れず、屈せず最後まで闘い、後の調査委員会で事実を話したから

事故の全貌が明るみになりました。

なぜ、チャレンジャー号の打ち上げに反対だったのか?

アラン・マクドナルドたち含めたMT社の技術者達は、

低温ではロケットの接ぎ目を防ぐため重要な役をするOリングが十分に機能を果たさないおそれがあることを知っていました。

事故の前の飛行の試運転の段階で、ブローバイ(吹き抜け)がおこっていました。

ブローバイは生死に関わる問題で、エンジニアたちは後に学びましたが、

低温でOリングのゴムが固くなると、劇的に状況が悪化します。

事故以前の2回の飛行でもブローバイが起きていましたが、その2回は無事に帰還していました。

その2回の以上を調べていたアランと同じMT社の技術者のロジャー・ボージョレーは、

気温24℃の時の飛行では、接続部分のOリングに非常に細い、明るい灰色のすすの線が付いていました。Oリングが完全に密閉する前に、ごくわずかな量のガスが吹き抜けたこと、

気温12度での時の飛行では、真っ黒なすすが接続部分に太い幅で広がり、大量の燃料ガスが吹き抜けたことを調べていました。

しかし、微量のガスが吹き抜けたという事実はあるが、大惨事からはほど遠いこと、またどちらも問題なく帰還していることもあり、

Oリングが寒さで固くなって、点火の時点で膨張と密閉のスピードが遅くなったことを気づくことが出来ていましたが、これを証明するデータはその時点ではなかった。

この事実を、打ち上げ前夜の緊急会議で伝えていましたが、

上層部は、「懸念があるなら数字で表してほしい。」と言ったそうです。

しかし、数字で表せるデータではなかったため、打ち上げを止めるだけの材料となりませんでした。後に技術者として、良い状態からほど遠いものであったと証言されています。

なぜ、NASAの上層部は打ち上げを強行したのか?

NASAの上層部は期限に遅れることをとても気にしていました。

元々、不測の事態で予定していた日に打ち上げできていなかったこともあり、

技術者の指摘通りだと、予定通りに打ち上げが出来ない理由もあったそうです。

また、NASAでは技術文化が並外れて強く、厳格に数値を求める「飛行準備審査」というのを設置し、何か問題があると、厳しく問い詰め、主張の根拠となるデータを出すように迫りました。

アラン・マクドナルドとMT社の技術者たちは打ち上げに反対していましたが、

その時はすでにチャレンジャー号の飛行許可が与えられていました。

中止になれば土壇場で変更になることもあり、

NASAの上層部は過去24回のスペースシャトルの飛行実績では問題なかったこと、

MT社の技術者達は、Oリングの損傷に関しては24回のデータをもっておらず、ブローバイが起きた2回部分しか持っていませんでした。

また、その2回も無事に帰還していることもあり、証拠不十分として意見を返されてしまいました。

スペースシャトルの発射に関しての実績の中で、NASAはマイナス0.5度から37度までの間であればシャトルに飛行許可が与えられると思っていました。

しかし、MT社の技術者達たちは、経験上12度がリミットであることを提案しました。

土壇場で12度のリミットを提案することは、

打ち上げに関する新しい技術基準の導入となり、今まで議論されたこともなく、根拠となる数値データもありません。しかも、もしそのことが事実なら、スペースシャトルは冬にはとぶことができないということになります。

しかし、現状ではそれを証明できるデータがなく、

持っていたのは12度でならOリングがぎりぎり機能して飛ぶことができたという事実だけでした。

その意見の根拠となるデータを出してほしいと言われましたが、MTの技術者達は、其れ以外の証拠がなかったため、提供できる確固たる証拠がないとのことで、打ち上げが中止されませんでした。

チャレンジャー号の打ち上げ中止に最後まで反対していた人物は、

アラン・マクドナルドでした。

また、最後まで闘った勇気ある技術者がいたんですね!

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