加賀見会長って何者?オリエンタルランドの代表取締役自ら、7月1日限定アナウンスでディズニーファン号泣

本日、7月1日に、アフターコロナ初の

ディズニーランドが開園し、話題になりましたね!

私も朝ニュースで見て、おもわずわくわくしてしまいました。

感染対策など、今まで以上に気をつけることがたくさんあると思いますが、

夢の国にコロナを持ち込まず、多くの人が楽しめる事を願っています。

また、開園のアナウンスが通常とは違い、

加賀見CEOによる限定アナウンス出会ったことを知りました。

ディズニーファンにとっては、貴重な機会だったみたいで反響が大きかったですね。

加賀見CEOとはディズニーにとってどんな方なのか気になったので調べてみました!

加賀見会長は、オリエンタルランドの代表取締役!

加賀見会長は、東京ディズニーリゾートを運営している、企業オリエンタルランドの

代表取締役の1人です。

加賀見俊夫(かがみとしお)さんで、御年84歳で現役で働いておられます!

大学時代に、ディズニー映画「ダンボ」を見て、ディズニーファンなり、

ディズニーの創設から関わっておられるすごい方です!!

また、CEOという言葉も使われていますが、

最高経営責任者として、経営方針や企業戦略を決める方、

なので、実質ディズニーランドのトップのお方です!

加賀見会長はディズニーランドにとってかかせない人物

加賀美会長は、ディズニー創業に関わった重要な1人で、

ディズニーランドを日本に持ってきた人物と言っても過言でないです。

簡単に経歴を書かせていただくと、

・1958年大学卒業後に京成電鉄に就職。

・1960年7月、千葉の浦安沖を埋め立てて、大規模レジャー施設の建設を行う目的として、

三井不動産、京成電鉄・朝日土地興業の3社による出資で「オリエンタルランド」が設立。

「日本へのディズニーランド誘致」を目指し、この会社に「兼務出向」という形で、京成電鉄の仕事と兼務していた。

・1972年に、オリエンタルランドに移籍し、ディズニーランド誘致について本格的に関わる。

・1983年東京ディズニーランド開園。当時は常務兼開発部長であったが、

当時から、ディズニーランドだけでなく、舞浜地区全体の開発を目指した「東京ディズニーワールド構想」を提案していた。

・1995年6月に、オリエンタルランド社長に就任。

・2000年1月に「リゾート宣言」を発表し、「東京ディズにリゾート」が正式にスタートし、ディズニーランドの周辺の開拓も行っていった。

・2001年の東京ディズニーシーの開業に向け、先頭に立って尽力を付くされる。

・2005年に、現在の代表取締役に就任し、その後も「永遠に完成しない場所」というウォルトディズニーの考え方をコンセプトにして、現在も様々な分野において、開発、改善を行い続けている。

加賀美会長は、調べば調べるほど、東京ディズニーランドにとっては欠かせない人物と言うことがわかりました!

加賀美会長はディズニーファンにも人気!

https://twitter.com/323232minnie/status/1278152343603646464

加賀見社長は、元々ディズニーファンであることもあり、

この方がいなければ、ディズニーランドが日本に来ることもなかったおもうと、

出会えたときにはミッキーと同じくらいの感動を覚えてしまうのも無理ないですね!

皆にとって、夢と希望のあるディズニーランドを

日本に作ってくださったことに本当に感謝の思いでいっぱいになります!

加賀見会長からコロナ後ディズニー開園の限定アナウンス!

多くのディズニーファンの方が、Twitterやブログ、インスタなどでも

取り上げていましたが、

コロナで4か月臨時休園を余儀なくされたディズニーランドの、

初めてのパーク開園日の朝当日に、

会長自ら、開園宣言のアナウンスをされていました!

また、当日はパーク内に一緒に出向いて、

皆さんと一緒にディズニーランドの風を感じていたそうです。

本当に、加賀美会長自ら、ディズニーのことが好きということが伝わってきます。

コロナの驚異はまだまだ去っていませんが、

できるだけ、多くの方に安心してディズニーの楽しさを味わってもらいたいという

会長さんの粋な心意気が感じられました。

以上、オリエンタルランドの加賀見俊夫代表取締役について調べてみました。

まだまだ現役で活躍されている加賀見俊夫さん!

これからも、新しいディズニーリゾートが見られると思うのでたのしみにしたいとおもいます!

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